一度行くとその魅力にはまり、その後何度も訪れずにはいられないという不思議な魅力を持ったバリ島。そのミステリアスな島にふさわしい逸話が残っているのが、バリビーチホテルの火災にまつわるもの。バリビーチホテルは日本の戦争賠償金によって建てられたもので、1966年に創業。しかしこの10階建てのホテルが土地の景観に合わないと、現地の人たちはのちに「ヤシの木よりも高い建物を建ててはいけない」という条例をつくった。それでバリビーチホテルはバリ島でただ一つの高層建築物となったのである。ところが1993年1月20日、そのバリビーチホテルは火災に見舞われる。海風にあおられて火の手はいっこうに衰えない。火を消そうにも、島には10階まで届くようなはしごを持った消防車は存在しない。そして骨組みだけを残してホテルは灰となった……はずだった。しかし妙なこともあるもので、生前にスカルノ大統領が使っていたスイートルームだけは燃え残って存在しているというのだ。改装オープン当時はその部屋のドアをガラス張りにして中が見えるようにしていたが、今では扉を閉めて見えないようにしているという。扉を開けると、部屋の中はまるで火事などなかったように家具調度品もそのままにひっそりと静まり返っており、かすかなお香の香りが漂っている。聞けば、大統領の死後も毎日お供えを絶やしたことはないそうで、そのおかげで炎上を免れたのだとか、あるいは海の女神が守ってくれたのだとかいう噂がまことしやかにささやかれている。この部屋には今でも毎日僧侶が訪れ、お祈りとお供えを欠かさないそうだ。
我々が海外旅行する際に必ず持っていくのが「パスポート」(Passport旅券)である。その歴史は古く、『パスポートとビザの知識』(春田哲吉著・有斐閣)によると、「パスポート」の語源は、中世フランス語の「パスポール」(Passeport)から転じたもので、「Passer」(出入りする)と「Port」(港)の合成語だという。つまり、元来は船が港に出入りする際の許可証として与えられたものだった。それがいつの間にか人にも用いられるようになったのである。また「Porte」が塁壁に囲まれた都市の門を意味し、その通行証を意味しているとか、フランス王国内を通行する時に使った「Passepartout」(いずれなりとも)が語源だとする説などいろいろある。ともかくパスポートは、旅行する際の必携品として古くから使われていて、その形も現在とは違い、1枚きりの賞状のような形をしていた。中に顔写真を入れる冊子型になるのは、1920年代以降のことである。我が国ではパスポートを「海外旅券」と呼ぶ。『幕末・明治のホテルと旅券』(大鹿武著・築地書館)によると、それ以前は「御手印」「切手」「旅切手」「印章」「政府の免状」「渡航免状」「旅行券」などの名が用いられていた。現在の名前になったのは、1878年(明治11年)からのことだ。
なぜか理由はわからないが、香川と岡山の間の瀬戸内海に浮かぶ島は、岡山側からすぐ近くまでほとんどが香川県に属する。そのなかで、最大は『二十四の瞳』の舞台として知られる小豆島で、映画に使われた分教所も健在だし映画セットはテーマパークになっている。大石先生と子供たちの銅像は記念写真に絶好のアングルを提供する。オリーブの樹木が全島にあり、香川県の県木にもなっているし、紅葉の名所である寒霞渓を周回する内海ブルーラインからの風景は南イタリアのサレルノ湾を彷彿させる。ちょっとユニークなのは直島である。ここは、三菱マテリアルの精錬所があってたいへん税収が多い島なのだが、それを利用して町役場がユニークな建築群を建築家石井和紘につくらせた。西本願寺飛雲間を下敷きにした町役場も素晴らしいが、幼児学園、中学校、総合福祉センターなどが並び、一人の建築家の個性が町の景観をつくるという珍しい実験場である。香川県の名は県庁所在地である高松が香川郡に属することからきている。
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